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オープンアクセス
QIR20周年記念 リポジトリ回顧談
九州大学学術情報リポジトリ(QIR)の公開20周年を記念し、QIRおよび他大学の機関リポジトリ立ち上げに携わった担当者に、当時の経験談を伺いました。
機関リポジトリ立ち上げのきっかけや、草創期の業務の中で起こった印象的な出来事など、今だからこそ語られる貴重なお話をお聞きすることができました。
日時:2026年6月5日(金) 14:00-15:00
会場:九州大学中央図書館 4階会議室&オンライン

登壇者
・九州大学学術情報リポジトリ(QIR):
田中 由紀子(九州大学附属図書館 元伊都地区図書課長)
瓜生 照久(九州大学附属図書館 図書館DX支援室 図書館専門員)
山根 泰志(九州大学附属図書館 収書整理課 専門職員)
・千葉大学学術成果リポジトリ(CURATOR):
阿蘓品 治夫(九州大学附属図書館 図書館企画課長)
・北海道大学学術成果コレクション(HUSCAP):
鈴木 雅子(京都大学附属図書館 事務部長)※オンライン
陪席(QIR 初期の担当者として)
吉松 直美(九州大学附属図書館 利用者サービス課 図書館専門員)
星子 奈美(九州大学附属図書館 利用者サービス課 学術サポート室 図書館専門員)
渡邉 真由美(九州大学医学図書館 図書館専門員)※オンライン
進行
竹内 嘉与子(利用者サービス課 学術サポート室 学習・研究支援係)
※敬称略。所属・役職はすべて掲載時点
機関リポジトリはどのように始まったのか
——機関リポジトリ立ち上げのきっかけは?
田中:
2004年9月、データベース掛だった頃に、NII(国立情報学研究所)の方が来訪され、リポジトリ構築に関する話を聞いたのがきっかけ。
瓜生:
それ以前から、学術情報流通の観点から機関リポジトリ構築が必要という話があり、情報収集を進めていた。
——正式公開までにどれくらいの時間がかかった?
田中:
2004年に始まった「学術機関リポジトリ構築ソフトウェア実装実験プロジェクト※1」に参加した。
※1 国立情報学研究所が2004~2005年に実施した、機関リポジトリ構築のため、大学に実際にソフトウェアを導入・運用した実験的プロジェクト
一同:
DSpaceの導入は瓜生専門員と渡邉専門員で決めた。
渡邉:
当時は、まだ国内に「機関リポジトリ」という概念自体が普及しておらず、商用システムもない時代だったので、6大学が参加した実装実験プロジェクトにてDSpaceやEprints※2などのオープンソースのシステムを改修することで、各大学の特性に合わせた機関リポジトリシステムを構築していたように記憶している。九大がEprintsではなく、DSpaceを採用した理由は、DSpaceの方が階層管理やメタデータ管理などカスタマイズ性が高い印象だったことや、当時、北大をはじめ多くの大学がDSpaceを採用していたため、技術的な助言なども得られやすかったことも採用理由だったと思う。結局は、比較検討して選んだというより、何かと情報が多かったDSpaceを選ぶしかなかった気がする。
※2 DSpace・Eprintsはいずれも機関リポジトリを構築するためのソフトウェア
田中:
実質1年半で構築しており、速いペースだったと思う。
——準備段階で最も苦労した点は?
瓜生:
初めての試みで、手探りで進めることが多かった。主にDRF※3のメーリングリストで情報収集していた。
※3 デジタルリポジトリ連合(Digital Repository Federation)。2006~2017年まで活動。各大学実務担当者間の情報交換やコミュニティ形成に大きな役割を果たした。その役割はJPCOAR(オープンアクセスリポジトリ推進協会)に引き継がれている
田中:
研究開発室の先生方から助言いただくこともあった。
機関リポジトリ草創期の業務について
——メタデータの登録方法・著作権処理はどのように学んだ?
田中:
星子専門員が実務研修を受けた海外大学の事例を聞くなどしていたと思う。
山根:
メタデータは当時参考となるものがあまりなく、試行錯誤だった。導入時の初期コンテンツとしてNIIで電子化した紀要をQIRに登録するにあたり、業者にメタデータ入力業務を発注するための仕様書を作成した。NIIのメタデータとDublin Core※4を対照させてメタデータ作成基準を作成したが、文系の論文は要旨やキーワードなど検索でヒットさせるものがほとんどなかった。そこで、地理語彙や時代語彙など、だれでも付与できるキーワードの追加方法を考えた。
※4 ウェブ上の情報資源の発見を目的として開発されたメタデータの規則
——参考にしたシステムや他大学の事例はあった?
鈴木:
日本では初めての取組みだったので、海外の先行大学の事例を非常に参考にした。事例が書かれた論文を皆で読んだ。並行して、取組んでいる大学間で試行錯誤をすぐに共有して真似し合っていた。
——著作権処理に関するトラブルや印象的な出来事はあった?
鈴木:
インターネット公開試行当初に出版社からクレームが来たことがあった。著者の先生に謝って取り下げて事なきを得たが、訴えられないことが分かったことで慎重派だった上司からリポジトリ推進のお墨付きが出た。
山根:
海外の出版社はSHERPA/ROMEO list※5で、リポジトリ登録についての方針を公開していたが、国内のほとんどの出版社・学会は方針が決まっていなかった。論文掲載前に出版社・学会へ公開可否を照会した際、「検討します」との回答後に連絡が途絶えるケースが多かった。そのため、著作権が著者にあることが明確な場合など、著作権法上論文のリポジトリ登録が問題ないと確信できる場合は強気に出て、「とりあえず公開するので問題があったらお知らせください」と許諾を得ていた。
※5 世界中の出版社や学術雑誌の著作権やオープンアクセスに関するポリシーをまとめたデータベース。2024年にOpen policy finderに統合
楽しかったこと・大変だったこと
——リポジトリ業務で楽しかった・やりがいを感じたエピソードは?
田中:
CSI事業※6での開発により「九州大学研究者情報」に掲載された論文リストにQIRのリンクアイコンが表示されているのを見るのは嬉しかった。
説明回りを行った際、人文系の先生方から反響があり、研究成果を公表できる場として喜ばれた。
※6 NIIによる委託事業。CSIは最先端学術情報基盤(Cyber Science Infrastructure:CSI)の略。2005~2012年度にかけて実施され、各大学における機関リポジトリ立ち上げや初期コンテンツ構築の礎となった
山根:
現在もお世話になっている田村隆先生(現・東京大学総合文化研究科 准教授)のご尽力で、国語学・国文学講座の刊行した雑誌を、戦前にまで遡ってバックナンバーをQIRに登録することになり、著作権処理については、オプトアウト以外に、連絡先のわかる著者には往復はがきで許諾を得た。その当時は、『九大国文学会誌』の15・16号の現物が見つからず、登録できなかったのが心残りだったが、最近古書店に出ていた15・16号を田村先生が入手されてご寄贈いただき、17年越しにバックナンバーを全て登録することができた。
——大変だったこと、しんどかったことは?
田中:
電子化係は前身の業務を継続しており、目録情報データの管理や職員向け講習会(漢籍・ラテン語古刊本書誌作成)等をしながらのリポジトリ構築準備は苦労した。
各部局で機関リポジトリの説明をした時、多忙な研究者の方たちから「更に仕事を増やすのか」とネガティブな反応を受けることが多く、申し訳なく感じた。リポジトリの意義や大事さを理解してもらうのが大変だった。
阿蘓品:
教授会などの説明会を行っても、人が集まらなかった。
——今だからこそ話せるエピソードはある?
田中:
遠隔地のキャンパスに説明会に行った時、交通事情が悪く、大幅に遅刻してしまった。時間を取っていただいた先生方に、平謝りに謝った。
山根:
当時はリポジトリに何を登録すべきか、各機関定まっていなかった。後にQIRは論文ファイルなどの一次情報があるものを登録するという方針になるが、当初は一次情報がないメタデータをQIRに登録する案もあった。商用データベースに収録された九大研究者の論文データを購入し、QIRに登録することで、初期的な登録件数を増やしたいという強い意見を持つ上司もいた。
——モチベーションを保つために意識していたことは?
田中:
モチベーションを保とうと意識したことは特にないが、みんなで進められたことが大きい。1人ではできないことも、話し合ううちに解決策が見えてきた。
瓜生:
飲み会!
一同:
(笑)
——印象に残っている研究者・出来事は?
田中:
恒吉法海先生(九州大学名誉教授)。九州大学退職後もご自身の業績を公開するためにQIRを使いたいと問い合わせがあった。
山根:
中里見敬先生(九州大学言語文化研究院 教授)。初めて送っていただいた論文(学会発表資料)を登録した際、書誌情報やキーワードが的確と評価され、リポジトリ登録を機に、現在に至るまでお世話になっている。
田中・山根:
リポジトリ登録のアルバイトで働いていた大学院生も、現在は研究者として活躍されている方が多く、的確なメタデータ入力によって支えられていたと思う。
吉松:
CSI事業でシステム研修を開催した際、講師の要望で、受講者全員で円陣を組み、掛け声をかけることになった。声を出せる場所を探して、結局図書館の屋上でやることになり、周囲の建物にも事前に断りを取った。
今後の機関リポジトリへのメッセージ
——担当当時に思い描いていた理想のリポジトリ像は?
山根:
当時の資料を見ても、リポジトリ担当者がなるべく手をかけずに、研究者自身が電子化・登録し、自然にコンテンツが増えていくリポジトリが理想とされていた。
——今後の機関リポジトリに期待することは?
田中:
公開当初はコンテンツ数が数千件程度だったのが、20年を経て7万件を超えているのはすごいことだと思う。今後の発展を期待している。
鈴木:
リポジトリ構築当時は、係員・係長レベルで大学を超えて連携し、自大学のリポジトリを推進した。今後もリポジトリにかかわらず、交流を深めながら連携して新しいことに挑戦してほしい。
瓜生:
生成AIを用いてキーワードを付与するとか。
——登壇者の考える「リポジトリの推しポイント」は?
瓜生:
我が子同然。存在自体が推し。
——もっと時間があればやってみたかったことは?
山根:
戦前の九大の刊行物はもっと電子化したかった。重複などで捨てられそうな九大刊行物を見つけては、いずれ電子化できるのではないかとリポジトリ係に置いていって迷惑をかけた。
(掲載日:2026年7月10日)
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