お魚博士 内田恵太郎

内田恵太郎内田恵太郎先生(1896-1982)は、九州帝国大学農学部水産学科第二講座(現本学農学部水産増殖学研究室)の初代教授で、精力的に魚類の生活史研究を進め、世界の稚魚研究をリードしてこられました。

九州大学に招聘される以前、朝鮮総督府水産試験場技師時代(1927-1942)の15年にわたる調査採集による膨大な資料は、一部『朝鮮魚類誌』(朝鮮総督府水産試験場報告 ; 第6号(1939))にまとめられ、この成果をもって九州帝国大学にて農学博士の学位を取得しています。先生が採集した標本等研究資料の多くは、戦時のひっ迫した状況でそのまま現地に残したままとなりましたが、持ち帰ることのできた一部の標本とスケッチ原図は現在九州大学総合研究博物館に収蔵され、データベース化が進んでいます。

定年後も魚の生活史研究を続け、「お魚博士」として多くの人に親しまれました。代表的な著書に、『日本魚類圖説』(三省堂, 1935)、『稚魚を求めて-ある研究自叙伝-』(岩波新書, 1964)などがあります。また、文学・詩歌にも造詣が深く、先生が詠まれた歌は没後ご夫人の手によりまとめられ、歌文集『流れ藻』として出版されました。

魚類液浸標本

内田恵太郎先生の重要な業績の一つである『朝鮮魚類誌』(1939年)に使用された貴重な標本のなかから、ここでは数種の淡水魚類を紹介します。
(同定協力:中島淳(福岡県保健環境研究所))

スイゲンゼニタナゴ

Rhodeus suigensis (T. Mori, 1935)
本種は韓国の水原市で最初に見つかったことからこの名前があり、イシガイなどの貝に産卵され、稚魚が泳げるまで生育するという生活史を持ちます。標本瓶のなかには貝とともに成魚が入っています。かつては本州西部にも生息する個体群にも同じ学名があてられていましたが、現在では別種とされています。

ハナジロドジョウ

Koreocobitis rotundicaudata (Wakiya & Mori, 1929)
流水性の美しい大型ドジョウです。「Cobitis rotundicaudata」は当時の学名で、ヨーロッパから日本にかけて生息するシマドジョウ属と同一属とされていました。1997年に韓国特産のKoreocobitis属が設立され、そこに移されました。2000年になって洛東江と漢江のものはK. naktongensis Kim, Park & Nalbant, 2000として、新種記載として区別されました。

ナマズ

Silurus asotus (Linnaeus, 1758)
朝鮮半島産のナマズで、標本は若魚です。池や流れの緩やかな河川に生息します。「Parasilurus asotus」は当時の学名で、現在は表題の学名を使用するのが普通です。日本産個体群と同種とされていますが、他の淡水魚では従来日本産種と大陸産種が同種であったものが、遺伝子を用いた研究により別種とされることが多くなっています。本種も検討の余地があるでしょう。

トカゲカマツカ

Saurogobio dabryi (Bleeker, 1871)
清浄な流水に生息するコイ科の淡水魚で、日本のカマツカによく似ていますが、より細長く、トカゲに似た雰囲気があります。標本は若魚です。当時は「Saurogobio brevicaudus」と同定されていました。朝鮮半島にはコブクロカマツカやドジョウカマツカ、ツチフキなど、多様なカマツカ類が生息しています。

魚の自筆スケッチ

内田先生が描いた魚のスケッチは精緻を極め、形態や生態に関する知見や他社との識別点などが詳細に付されています。それらは、国内外の魚類学者のお手本となるにとどまらず、現在においても高校の教科書などに用いられています。
九州大学総合研究博物館には、内田先生の著書や論文に公表された魚類のスケッチ原図、および未公表の原図、計約300点が収められており、データベースの公開準備中です。

内田先生のスケッチは、九州大学学術情報リポジトリQIRで全文公開されている『九州大學農學部學藝雜誌』中の掲載論文にも多く見ることができます。

内田文庫

故内田恵太郎名誉教授の夫人から約2500冊の蔵書が附属図書館に寄贈されています。内容は先生が多年に亘って集められた魚学及び水産学の貴重な文献をはじめ、広く生物科学関係図書にわたっています。また先生の関心の深かった文学・詩歌関係の図書まで含まれており往年の先生の広い教養の一面も偲ばれます。

著作一覧

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参考文献

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