続・雅俗繚乱 ―江戸の秘本・珍本・自筆本―

続・雅俗繚乱 ―江戸の秘本・珍本・自筆本―


 九州大学附属図書館では伊都キャンパスのフジイギャラリーで貴重文物展示「続・雅俗繚乱 ―江戸の秘本・珍本・自筆本―」(会期:令和6年5月10日~6月29日)を開催中です。あわせて本ページで展示資料をピックアップして紹介していきます。展示の会期終了まで定期的に更新していきますので、どうぞお楽しみください。

はじめに

 九州大学附属図書館に所蔵される雅俗文庫は、文化勲章受章者で本学名誉教授の中野三敏氏(1935~2019)が長年収集してこられた、江戸時代の書籍を中心としたコレクションである。

 平成21年度(2009) から令和元年度(2019)までのあいだに、江戸期を中心とする和装本・約8300点(約15000冊)、近代以降の洋装本・約5300点(約7100冊)が段階的に受け入れられた。九州大学の国文学系コレクションのなかでも随一の規模を誇る。

 雅俗文庫の和装本については、受け入れ直後の平成22年(2010)から、当方と人文科学府の大学院生が中心となって、目録作成のための調査を開始した。途中、中間報告的なものとして、平成27年(2015)5月に、一度目の展覧会を開催した(第56回附属図書館貴重文物展示「雅俗繚乱―中野三敏江戸学コレクションの世界―」)。このときは、旧蔵者の中野氏による記念講演・座談会等も行い、たいへん盛況であった。

 目録作成のための調査はその後、新型コロナウィルス感染症の影響で、一年間ほど中止を余儀なくされた期間もあったが、令和4年(2022)3月にようやく完了した。足掛け12年。その間、令和元年(2019)11月27日には、中野氏のご逝去という悲報にも接したが、何とかやり遂げられたので、氏のご芳志に少しは報いることができたのではないかと考えている。

 そこでこの度、この調査完了を記念して、二度目の展覧会を開催する運びとなった。題して「続・雅俗繚乱―江戸の秘本・珍本・自筆本―」。前回の展示会は、漢詩文や狂歌、法帖や読本といった「ジャンル」で切り取ったものであったが、今回はより稀少価値の高い自筆本や、マニアックな珍本・秘本(春本もふくむ)、あるいは視覚的に美しい多色刷などを選び、一般の方にも専門の方にも、楽しんでもらえる構成とした。

 江戸文化の大通りから路地裏まで、中野氏がぶらぶら散歩した跡をたどってみることにしよう。

令和六年五月吉日

九州大学大学院人文科学研究院教授
川平 敏文

第一部 多色刷りの世界

 江戸時代は出版技術が発達した時代だ。はじめは墨一色の木版であったが、次第に2色以上を重ねて刷る技法も行われるようになった。1600年代の中国では、すでに高度な多色刷の技術が確立しており、色彩豊かな詩箋や画譜が流布していた。その影響を受けて、日本でも多色刷が発達し、浮世絵などの通俗的な絵画にまで、その技術が適用されたのである。動植物のような自然界の生きもの、遊女や歌舞伎役者のような華やかないでたちの人物は、多色刷によってこそ、リアルに現前する。

肘下選蠕(ちゅうかせんぜん)

肘下選蠕
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森春渓画
縦 20.1 × 横 13.9cm 1帖(折本) 近世後期刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/絵画a/チユ)


 蛾・アオムシ・蜻蛉などの虫の生態を淡彩で精緻に描写した草虫図。森春渓は、名を有煌、字を仲禿という。画家森狙仙の高弟で、花卉・鳥獣画に長じた。本展示品は、文政3年に刊行された初版本から画だけを抜き出して、再刊したもの。改題本に『春渓画譜』がある。巻末に「文政庚辰春夏之間写於容光堂之所画 森春渓」とある。展示箇所はいきいきと飛んでいる多彩な蝶々である。(陳)

《参考文献》松尾勝彦「近世浪華画壇の一側面 -〈森派序説〉」(『古美術』第49号、1975年)


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風流十二月(ふうりゅうじゅうにかげつ)

風流十二月
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石川豊雅画
縦 24.0 × 横 218.7cm 1軸 近世中期刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/掛軸類a/フウ)


 多色刷。神楽遊び・川遊び・泡遊び・お月見など、正月から十二月にかけて、季節ごとの風物と合わせて子供たちの遊戯を描いたもの。石川豊雅の作画期間は、明和4年(1767)頃から安永(1772~1781)初期までで、比較的短い。その多くは児童の遊戯図である。展示箇所には、10月20日の夷講が描かれており、商家とおぼしき一間の内では、前髪立の少年が夷像の前に神饌を供えている。庭先では子どもが盛んにしゃぼん玉を吹き合っている。(陳)

《参考文献》『浮世絵大成 第5巻』(東方書院、1931年)、前田勇『俳諧腰弁当:国語随想』(錦城出版社、1943年)


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第一部 多色刷りの世界 展示リスト

  • 『詩文』 林鳳岡(自筆)  1軸  近世前期写  雅俗文庫/詩文a/シブ
  • 『上方摺物貼込帖』 丹羽桃渓画  1巻1冊  近世後期刊  雅俗文庫/絵画a/カミ
  • 『十竹斎画譜』 胡正言撰  13巻13冊  天保12年(1841)刊か  雅俗文庫/絵画a/ジツ-1~13
  • 『肘下選蠕』 森春渓画  1帖(折本)  近世後期刊  雅俗文庫/絵画a/チユ
  • 『文麗画選』 加藤文麗ほか画  3巻3冊  安永8年(1779)刊  雅俗文庫/絵画a/ブン-1~3
  • 『建氏画苑』 建部綾足画  2巻1冊  明和7年(1770)序・刊  雅俗文庫/絵画a/ケン 
  • 『青楼美人合姿鏡』 勝川春章・北尾重政画  1巻1冊  安永5年(1776)刊  雅俗文庫/絵画b/セイ
  • 『風流十二月』 石川豊雅画  1軸  近世中期刊  雅俗文庫/掛軸類a/フウ
  • 『海の幸』 石寿観秀国編・勝間龍水画  1巻1冊  宝暦12年(1762)序・刊  雅俗文庫/俳諧a/ウミ
  • 『山の幸』 石寿観秀国編・勝間龍水画  1巻1冊  明和2年(1765)刊  雅俗文庫/俳諧a/ヤマ
  • 『絵本時世粧』 歌川豊国撰、式亭三馬閲  1巻1冊  享和2年(1802)刊  雅俗文庫/絵画b/エホ
  • 『東都勝景一覧』 葛飾北斎画  2巻2冊  寛政12年(1800)刊  雅俗文庫/絵画b/トウ
  • 『新吉原仮宅便覧』 梅素亭玄魚画  1舗  安政2年(1855)刊か  雅俗文庫/絵画z/シン

第二部 文人・大田南畝(おおたなんぽ)

 江戸時代の文人の代表格といえるのが、蜀山人こと大田南畝(1749~1823)だ。昨年(2023年)はその没後二百年のメモリアル・イヤーで、東京でかなり大規模な展示会やシンポジウムが行われた。南畝はもともと、幕府直属の下級武士であった。しかしたいへんな文才があって、漢詩・和歌といった雅(古典的)文芸についての確かな教養をベースとしつつ、狂詩・狂歌・戯作・随筆といった俗(当代的)文芸の世界で名を馳せた。雅俗融和を江戸文化の精髄と考える中野氏が、最も慕っていた人物と言ってもよかろう。

杏園詩集 続編(きょうえんししゅう ぞくへん)

杏園詩集 続編
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大田南畝著
縦 16.1 × 横 11.2cm 1巻1冊 文政4年(1821)刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/詩文c/キヨ)


 文化8年(1811)・李顕相(太華)序。顕相は朝鮮通信使制述官。本書は南畝の漢詩を集めたもので、内題に「杏園詩集巻三」とある。正編(巻1、2)はそれなりに残存するも、続編(巻3)はきわめて稀少である。雅俗にわたる南畝の文業のうち、本領である雅の側面が分かるもの。なお雅俗文庫には、近世後期写本の『杏園集』(1巻1冊)および『杏園詩集』(3巻1冊)も存するが、内容は出展本と相違する。(川平)

《参考文献》浜田義一郎ほか編『大田南畝全集』第6巻(岩波書店、1985年)


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美人絵(びじんえ)

美人絵
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大田南畝・鹿都部真顔賛、祇園井特画(各自筆)
縦 90.2 × 横 33.1cm 1幅(絹本) 近世後期成・写
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/絵画z/シヨ)


 四方山人(大田南畝)の漢詩賛、四方(鹿都部)真顔の狂歌賛、祇園(祇山)井特の画。南畝の賛は、「半分は笹色、半分は臙脂黒に差した口紅。両鬢の簪は光り、玳瑁(べっこう)の櫛は艶やかな黄色」の意。画かれた女性の下唇に差された笹色(緑色)は、このころ流行した口紅の色。(川平)


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第二部 文人・大田南畝 展示リスト

  • 『三十六人狂歌選』 大田南畝編、丹丘画  1巻1冊  天明6年(1786)刊  国文/26v/17
  • 『杏園詩集 続編』 大田南畝著  1巻1冊  文政4年(1821)刊  雅俗文庫/詩文c/キヨ
  • 『南畝七律 読安土記』 大田南畝筆(自筆)  1幅(紙本)  天明5年(1785)頃成  雅俗文庫/掛軸類a/ナン
  • 『南畝七絶 題酔李白図』 大田南畝筆(自筆)  1枚(絹本)  文化5年(1808)頃成・写  雅俗文庫/絵画z/シヨ
  • 『大田七左衛門(南畝)書簡』 大田南畝著(自筆)  1枚  享和2年(1802)迄成・写  雅俗文庫/書簡a/1-128
  • 『美人絵』 大田南畝・鹿都部真顔賛、祇園井特画(各自筆)  1幅(絹本)  近世後期成・写  雅俗文庫/掛軸類a/ビジ
  • 『宛丘伝』 大田南畝著  1巻1冊  寛政11年(1799)序、近世後期写  雅俗文庫/随筆d/エン
  • 『奴師労之』 大田南畝著  1巻1冊  文化15年(1818)序、近世後期写  雅俗文庫/随筆d/ヤツ
  • 『東風詩草』 大田南畝編、三村竹清写  1巻1冊  天明8年(1788)序、近代初期写  雅俗文庫/詩文b/トウ
  • 『会計私記』 大田南畝著  1巻1冊  寛政9年(1797)頃成、昭和17年(1942)写  雅俗文庫/随筆d/カイ
  • 『御影参牛講釈』 川隣山人著  1巻1冊  明和8年(1779)刊  雅俗文庫/小説/オカ

第三部 名家の自筆資料

 中野氏の前任者として九州大学で教鞭をとった中村幸彦(1911~1998)は、「江戸のことは何でも分かる」と言ったという。日本文学史の教科書に載るような人物であっても、柿本人麻呂や紫式部の自筆物は、さすがに残っていない。しかし江戸時代の人物ならば、残っている可能性がある。大田南畝をはじめとして、上田秋成・山東京伝・酒井抱一・荻生徂徠・沢田東江といった、名だたる学者・文人たちの自筆資料が見られるのも、江戸文学の醍醐味と言えよう。

傾蓋集(けいがいしゅう)

傾蓋集
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沢田東江著(自筆)
縦 25.1 × 横 18.1cm 1巻1冊 宝暦14年(1764)成・写
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/詩文b/ケイ)


 本書は宝暦14年に来朝した朝鮮使節制述官南秋月・正書記成龍淵・副書記元玄川、従書記金退石の四人と応酬した詩文などを記したもの。本文の冒頭には、使節の一人一人の肖像画が掲げられている。朝鮮使節への一部の詩は、東江の詩集『来禽堂詩草』(天明元年〈1781〉刊)にも収録されている。展示箇所は朝鮮の書記(従事)金仁謙の肖像画と本書の内題。(王)

《参考文献》川平敏文「漢詩文」(『雅俗繚乱 第56回附属図書館貴重文物展観図録』、九州大学附属図書館発行、2015年)


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鬼之図(おにのず)

鬼之図
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山東京伝画、酒井抱一賛(各自筆)
縦 101.5 × 横 25.8cm 1幅(絹本) 近世後期成・写
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/掛軸類a/オニ)


 江戸後期の画家である酒井抱一の賛句「かさ借すも他生の縁のしぐれかな」は、浮世絵師・戯作者として活躍した山東京伝の絵とあわせて作られたもの。その絵は、「鬼の寒念仏」や「鷹匠」、相合傘などを組み合わせて描かれたものである。本書の箱蓋表に「京傳大津繪 抱一讃」という墨書がある。大津絵は、近江国大津の追分、三井寺の周辺で売られていた素朴な民芸的絵画として、鬼の念仏・瓢箪鯰・鷹匠など戯画的、風俗的な主題が一般的であった。(王)

《参考文献》高杉志緒「画譜・絵本・掛軸」(『雅俗繚乱 第56回附属図書館貴重文物展観図録』、九州大学附属図書館発行、2015年)


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第三部 名家の自筆資料 展示リスト

  • 『傾蓋集』 沢田東江著(自筆)  1巻1冊  宝暦14年(1764)成・写  雅俗文庫/詩文b/ケイ
  • 『池大雅和歌巻』 池大雅詠、冷泉為村批点(各自筆)  1軸  近世中期成・写  雅俗文庫/歌書a/イケ
  • 『富士画賛』 甲賀文麗画、上田秋成賛(各自筆)  1幅(紙本) 文化年間(1804-1818)成・写  雅俗文庫/掛軸類a/フジ
  • 『鬼之図』 山東京伝画、酒井抱一賛(各自筆)  1幅(絹本)  近世後期成・写  雅俗文庫/掛軸類a/オニ
  • 『加藤文麗画馬図』 加藤文麗画(自筆)  1幅(絹本)  近世中期成・写  雅俗文庫/掛軸類a/カト
  • 『培斎先生遺稿抄』 林檉宇著、古賀侗庵評(各自筆)  2巻2冊  近世後期成・写  雅俗文庫/詩文c/バイ
  • 『くちあそひ』 本間游清著(自筆)  1巻1冊  近世後期成・写  雅俗文庫/歌書a/クチ
  • 『異本名家略伝』 山崎美成著(自筆)  3巻3冊  近世後期成・写  雅俗文庫/伝記a/イホ
  • 『誹諧之秘記』 松木淡々(自筆)  1巻1冊  寛保3年(1743)成・写  雅俗文庫/俳諧a/タン
  • 『雪渓堂珍蔵 大潮宛詩文集』 荻生徂徠、服部南郭ほか著(各自筆)  4軸  近世中期成・写  雅俗文庫/掛軸類a/セツ
  • 『加藤千蔭書画幅』 餘霞亭軍画、加藤千蔭賛(各自筆)  1幅(紙本)  近世後期成・写  雅俗文庫/掛軸類a/カト

第四部 春本の雅俗

 春画とは、江戸のポルノグラフィであるが、それが冊子体となったものが春本である。むろん江戸時代の人々のみが、こういったものを好んでいたのではない。「性」というものは、古今東西の老若男女に共通する関心事である。ただし、その「行為」を露骨に描くものもあれば、ある意味、医学的な見地から描くもの、漢文体の小説として(一見)格調高く描くもの、解説文だけを集めてあえて春画を抜いたものなど、変り種も多い。中野氏が集めたのは、どちらかと言えば、そういった変化球的な春本であった。

絵本笑上戸(えほんわらいじょうご)

絵本笑上戸
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喜多川歌麿画
縦 21.8 × 横 15.4cm 3巻3冊 近世中期刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/春本a/エホ)

 多色刷の春本。序文は歌麿の女房(「麿内」)が「松禄様」あてに出した手紙の体をとっている。「麿がさるお方より誘われて、急に江ノ島参りをすることになったので、自分が絵本の彩色をすることになった。これは夫婦の共同作業だ。題名も自分の癖をそのまま付けた」などとある。円熟期の歌麿の画業として評価が高い。(川平)

《参考文献》林美一『江戸艶本大事典』(河出書房新社、2014年)


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春臠拆甲(しゅんれんたくこう)

春臠拆甲
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活活庵主人著
縦 18.5 × 横 12.0cm 1巻1冊 明和5年(1768)跋・刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/春本a/シユ)


 漢文体の春本。宝暦13年(1763)序。著者の活活庵主人は、沢田一斎の弟子で諸大夫の樫田安房守、画は月岡雪鼎とされる。前半は画と漢詩、後半は文章からなる。独身で33歳の烏生という男が主人公で、秘薬を手に入れて房事に励むというもの。前半の画は、丸窓のなかに男女の交合する様子が一部分だけうかがえるという趣向で、一種の品位を備えている。(川平)

《参考文献》森銑三「大雅堂遺事」(『森銑三著作集』第3巻所収、中央公論社、1973年)、『春臠拆甲/春風帖』(太平書屋、2014年)


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第四部 春本の雅俗 展示リスト

  • 『素女妙論』 編者未詳  1巻1冊 嘉靖45年(1566)〈推定〉序、明治時代写  雅俗文庫/近代a/ソジ
  • 『春窓秘辞』 淇澳堂主人編  1帖(折本)  近世後期刊  雅俗文庫/春本a/シユ
  • 『華月帖』 亀齢軒斗遠編  1帖(折本)  天保7年(1836)刊  雅俗文庫/春本a/カゲ
  • 『絵本笑上戸』 喜多川歌麿画  3巻3冊  近世中期刊  雅俗文庫/春本a/エホ
  • 『色つばな』 〔石川豊信〕画  1巻1冊存  近世中期刊  雅俗文庫/春本a/イロ
  • 『開巻斂咲』 著者不明  1巻1冊  〔宝暦7年〈1757〉〕刊  雅俗文庫/春本a/カイ
  • 『〔春画〕』 九霞山樵(池大雅)著  1帖(折本)  年次不明・刊  雅俗文庫/春本a/シユ
  • 『〈兼好法師/志道軒/芝居狂言〉夢物語講釈』 〔奥村政信〕著  1巻1冊存 年次不明・刊   雅俗文庫/春本a/ケン
  • 『梅好閨の伝染香』 紀行安作、又平(歌川国貞)画  1巻1冊存 天保12年(1841)刊  雅俗文庫/春本a/ウメ
  • 『春臠拆甲』 活活庵主人著  1巻1冊  明和5年(1768)跋・刊  雅俗文庫/春本a/シユ

第五部 写本随筆の愉しみ

 「随筆」といえば、現代でいうエッセイが思い浮かぶだろう。古典でいえば、『枕草子』『徒然草』といった名前が挙がるに違いない。それらは文芸的な随筆と言えるだろうが、江戸時代に随筆と呼ばれたものの大半は、古今の文献から文章や絵を引用して事物の由来を考証したり、さまざまな人物の評判を書き留めたりといった、学術性・記録性の高いものである。いわば江戸時代の雑知の集積といってよい。印刷されずに残された写本随筆には、とりわけ私的なものが多く、著者の嗜好・性癖をのぞき見るような愉しみがある。

述斎偶筆(じゅっさいぐうひつ)

述斎偶筆
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林述斎著(自筆)
縦 22.3 × 横 15.4cm 1巻1冊 近世後期成・写
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/随筆d/ジュ)


 幕府大学頭・林述斎の和文随筆。動植物・庭園・気象等についての感慨を枕草子風に綴り、中に知友の言行、和歌・漢詩に関する知見も交えるもの。いわゆる「述斎偶筆」は、雑誌『花月新誌』(成島柳北編集)に初めて紹介された。それと系統を異にする写本として、静嘉堂文庫蔵『了語』、九州大学附属図書館萩野文庫蔵『林氏遺草』などがある。本書は述斎の自筆稿で、以上の諸本の原典とも言うべきもの。展示箇所は随筆末尾に置かれた述斎の風雅に関する総論。(賈)

《参考文献》森銑三「江戸時代の随筆」(『江戸随想集』、筑摩書房、1961年)、宮崎修多「いわゆる述斎偶筆とその展開」(『成城国文学論集』第44号、成城大学大院文学研究科、2023年)


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安津満能春(あずまのはる)

安津満能春
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成島司直著、倉地言行写
縦 26.8 × 横 19.0cm 1巻1冊 文政10年(1827)写
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/随筆d/アズ)


 徳川家斉をはじめとする将軍・大名・公家達の事績、装束などを細かく記録したもの。著者の成島司直は近世末期の幕府奥儒者の一人で、明治時代のジャーナリストの成島柳北はこの人の養孫。本書は倉地言行が書写したもので、司直の自筆本は『古書逸品展示大即売会:出品目録』(昭和50年)の608番に記録がある。展示箇所は一橋兵部卿・清水式部卿・田安右衛門督の冠・袍・下襲などの装束について述べたもの。(賈)

 

《参考文献》反町弘文荘主宰『古書逸品展示大即売会:出品目録』昭和50年(文車の会、1974年)


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第五部 写本随筆の愉しみ 展示リスト

  • 『述斎偶筆』 林述斎著(自筆)  1巻1冊  近世後期成・写  雅俗文庫/随筆d/ジュ
  • 『萩原随筆』 萩原宗固著(自筆)  6巻3冊  近世後期成・写  雅俗文庫/随筆d/ハギ
  • 『愚園藂筆』 服部宜(大方)著(自筆)  4巻4冊存  近世後期成・写  雅俗文庫/随筆d/グエ
  • 『安津満能春』 成島司直著、倉地言行写  1巻1冊  文政10年(1827)写  雅俗文庫/随筆d/アズ
  • 『老のみきき』 藤井重定編  2巻2冊  安政5年(1858)序・写  雅俗文庫/随筆d/オイ
  • 『雑続無名抄』本間游清著(自筆)  1巻1冊  近世後期成・写  雅俗文庫/随筆d/ザツ
  • 『蒼海一滴集』 片山国倀著(自筆)  5巻10冊  文化13年(1816)跋・写  雅俗文庫/随筆d/ソウ
  • 『槃游余録次編』 吉田桃樹著(自筆)  1巻1冊  寛政元年(1789)跋・写  雅俗文庫/随筆d/ハン
  • 『取熊雑話』 東郊散人著  1巻1冊  明和3年(1766)成・写  雅俗文庫/随筆d/シュ
  • 『梧窓漫筆拾遺』 大田錦城著  1巻1冊  近世後期成・写  雅俗文庫/随筆d/ゴソ

第六部 江戸のハウツー本

 儒学や仏教といった学問、お茶や活け花といった芸道ほど体系的な「道」ではなくとも、日常生活のくまぐまに、その「道」の達人がいるものである。ここに挙げるのは、運歩法(ウォーキング)、記憶術、宝くじの当て方、博打の必勝法、変死体の取り扱い方、突然の来客への対応方、卓袱料理のレシピ、美人に見える化粧法、などなどで、微に入り細をうがった、さまざまな「道」についての指南が書かれている。文学でも歴史でも思想でもない、こういった曖昧な領域の書物は、これまで学問の対象としてほとんど取り上げられていない。中野氏は、こうした「雑本」をとりわけ好んで収集した。

ちゑの板の切形(ちゑのいたのきりがた)

ちゑの板の切形
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著者不明
縦 18.2 × 横 12.1cm 1巻1冊 天保8年(1837)刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/雑b/チエ)


 「ちゑの板」とは、江戸時代に流行したパズルゲームで、正方形を分割してできた断片を使い、指定の切形を作り上げる遊びである。本書は、その「切形」の一覧が掲載される設問集で、『清少納言知恵の板』の付録本である。仮名や漢字の部首、物の名前などの切形の用例があり、知育玩具の役割も果たしていた。展示箇所では、ちゑの板を使用してその刊記を示し、「江戸ちゑかた/天ほう八正月/あづさに上す」と記されている。「江戸知恵形」(本書の別名)を、天保8年正月に刊行した、という意。(野尻)

《参考文献》中野三敏「続、和本の海を歩く③運歩法」(『書物学』第4巻、勉誠出版、2015年)


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千里善走伝(せんりぜんそうでん)

千里善走伝
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岡伯敬編
縦 15.5 × 横 11.0cm 1巻1冊  明和9年(1772)刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/雑b/フキ)


 岡伯敬が、師匠の不及先生に学んだ「千里善走法」という速歩術を記録したもの。展示箇所の「三足運歩之法」を基本とし、様々な人や場面を想定した運歩法が記されており、習得すれば一日何十里進もうとも疲れることはないという。山道や平地での体の動かし方や具体的な行程だけでなく、心の在り方や食事の面からも助言しており、極めて実践的な教えであるといえよう。(野尻)

《参考文献》中野三敏「続、和本の海を歩く③運歩法」(『書物学』第4巻、勉誠出版、2015年)


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第六部 江戸のハウツー本 展示リスト




執筆者一覧

川平 敏文 九州大学大学院人文科学研究院教授
陳  笑薇 九州大学大学院人文科学府専門研究員
王  自強 九州大学大学院人文科学府博士後期課程三年
賈  思敏 九州大学大学院人文科学府博士後期課程一年
野尻 萌果 九州大学大学院人文科学府修士課程二年



展示会情報(5/10~6/29)

本学伊都キャンパス(福岡県福岡市西区元岡)のフジイギャラリーでは雅俗文庫から選りすぐりの貴重書およそ70点を展示しています。ぜひ会場まで足をお運びください。詳細はこちら >>


お問い合わせ

九州大学附属図書館利用者サービス課サービス企画係
Tel:092-802-2481
E -Mail:touservice@jimu.kyushu-u.ac.jp




謝辞

今回の展示会にあたりましては、川平敏文教授(九州大学大学院人文科学研究院)に多大なご協力をいただきました。また、九州大学デジタル資料整備事業による皆様からのご支援を今回の経費に充てさせていただきました。心よりお礼を申し上げます。今後とも引き続きご支援をよろしくお願いします。


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