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第六部 江戸のハウツー本
儒学や仏教といった学問、お茶や活け花といった芸道ほど体系的な「道」ではなくとも、日常生活のくまぐまに、その「道」の達人がいるものである。ここに挙げるのは、運歩法(ウォーキング)、記憶術、宝くじの当て方、博打の必勝法、変死体の取り扱い方、突然の来客への対応方、卓袱料理のレシピ、美人に見える化粧法、などなどで、微に入り細をうがった、さまざまな「道」についての指南が書かれている。文学でも歴史でも思想でもない、こういった曖昧な領域の書物は、これまで学問の対象としてほとんど取り上げられていない。中野氏は、こうした「雑本」をとりわけ好んで収集した。
6-1. 千里善走伝(せんりぜんそうでん)
岡伯敬編
縦 15.5 × 横 11.0cm 1巻1冊 明和9年(1772)刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/雑b/フキ)
岡伯敬が、師匠の不及先生に学んだ「千里善走法」という速歩術を記録したもの。展示箇所の「三足運歩之法」を基本とし、様々な人や場面を想定した運歩法が記されており、習得すれば一日何十里進もうとも疲れることはないという。山道や平地での体の動かし方や具体的な行程だけでなく、心の在り方や食事の面からも助言しており、極めて実践的な教えであるといえよう。(野尻)
《参考文献》中野三敏「続、和本の海を歩く③運歩法」(『書物学』第4巻、勉誠出版、2015年)
6-2. 物覚秘伝(ものおぼえのひでん)
青水先生口授、藤逸章校
縦 22.4 × 横 16.0cm 1巻1冊 明和8年(1771)刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/雑b/モノ)
記憶術についての口伝を記した本。本文には、この方法を習得すれば「およそ世間にあらゆること」を「魯鈍の小児」でも記憶することができると記されている。翌年には後編も出版される人気ぶりで、記憶術に関する類似の書がその後も数多く出版された。展示箇所では、人間の体の部位(目、口、手足など)を利用して、それらと物とを対応させて記憶することで、最大30個の事物を覚えることができると示している。(野尻)
《参考文献》足達薫「『源氏物語』 六十四貼の名目を暗記せんとせば―『物覚秘伝』 と西洋世界の記憶術」(『人文社会科学論叢』第二号、弘前大学人文社会科学部、2017年)、中野三敏「続、和本の海へ②―物覚え、物忘れ」(『書物学』第3巻、勉誠出版、2014年)
6-3. 富札買様秘伝(とみふだかいようひでん)
荒井白我著
縦 15.9 × 横 11.1cm 1巻1冊 安永3年(1774)序・刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/技芸e/トミ)
富札(宝くじ)の購入に際し、選択するべき富札の組番を占うための秘伝書。江戸庶民の間での富札の流行に伴い、多種多様の占い本が刊行された。当時、易学・易占で名高かった「新井白蛾」を真似た署名や、序文に記される「外れるのもまた天運だ」という文言もいかにも占いらしく、当時のユーモアを感じさせる。本書は占った時刻と八卦の出を組み合わせて占うもので、富札の流行最盛期のものとして挙げられよう。(野尻)
《参考文献》中野三敏『和本の海へ―豊饒の江戸文化―』(角川選書436、2009年)、棚橋正博、村田裕司編著『絵でよむ江戸のくらし風俗大事典』(柏書房、2004年)
6-4. 〈絵/入〉教止秘伝書(きょうしひでんしょ)
著者不明
縦 13.4 × 横 19.5cm 1巻1冊 宝暦11年(1761)序・刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/技芸z/エイ)
目録に「博奕教止秘伝書」とあり、博奕における確率論や必勝法について描かれたもの。当時、幕府による博奕の取り締まりは非常に厳しく、博奕に関する書物はおろか、絵による描写などはほとんど残っていない。本書は、備中(現岡山県)で刊行されており、田舎の地で私的に刊行された大変珍しい書物であるといえよう。展示箇所は「めくりかるた」に代表される札を使った博打の様子で、賭けられている銭の束(銭緡)が足元に散逸している。(野尻)
《参考文献》中野三敏『和本の海へ―豊饒の江戸文化―』(角川選書436、2009年)、棚橋正博、村田裕司編著『絵でよむ江戸のくらし風俗大事典』(柏書房、2004年)
6-5. 異扱要覧(いあつかいようらん)
東原隠士著
縦 33.6 × 横 47.0cm 1舗 近世中期刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/雑z/イア)
辻番人(今でいえば交番の警官)の心得について記した、番所のマニュアル。迷子や喧嘩、酔っ払いへの処置など、日常のあらゆる事態を想定した対処法が詳細に記されている。ここに記される処置の仕方がどこまで徹底されたかは定かではないが、管轄の境目に倒れている人は足がかかっている方が引き受けるという取り決めなど、実例に即した申し合わせや御達しを周知していった形跡が随所にみられる。雅俗文庫にはこれとは別に、文政12年(1829)に書写された冊子体の一本もある。(野尻)
《参考文献》中野三敏『和本の海へ―豊饒の江戸文化―』(角川選書436、2009年)
6-6. 臨時客応接(りんじきゃくあしらい)
和田定信著
縦 22.8 × 横 15.9cm 1巻1冊 文政2年(1819)序・刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/雑z/リン)
急な来客のもてなし方について、 100ヶ条にわたり細かく説明している。取次や帰り支度の心得にとどまらず、相応しい酒・食事の献立や給仕の作法などが詳細に記されており、細やかな心遣いが随所に表れている。展示箇所では、茶漬けの献立について四季の部に分けて記されているうちの、春の部が示されている。(野尻)
《参考文献》中野三敏『和本の海へ―豊饒の江戸文化―』(角川選書436、2009年)
6-7. 卓子料理仕様(しっぽくりょうりしよう)
洛下隠士未達著
縦 18.2 × 横 12.5cm 1巻1冊 明和9年(1772)刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/技芸z/シツ)
「卓子」はテーブルを指し、長崎で生まれた卓袱料理におけるレシピ本の一種である。日本料理では膳を用いるのが一般的だが、中国の文化の移入に伴い、円卓を囲んで食べるという格式張らない食事様式が紹介された。小皿や大皿、鍋などを並べる際にふさわしい献立について、中国の薬膳思想と四季折々の食材を用いる和食の特色を融合させて記している。(野尻)
6-8. ちゑの板の切形(ちゑのいたのきりがた)
著者不明
縦 18.2 × 横 12.1cm 1巻1冊 天保8年(1837)刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/雑b/チエ)
「ちゑの板」とは、江戸時代に流行したパズルゲームで、正方形を分割してできた断片を使い、指定の切形を作り上げる遊びである。本書は、その「切形」の一覧が掲載される設問集で、『清少納言知恵の板』の付録本である。仮名や漢字の部首、物の名前などの切形の用例があり、知育玩具の役割も果たしていた。展示箇所では、ちゑの板を使用してその刊記を示し、「江戸ちゑかた/天ほう八正月/あづさに上す」と記されている。「江戸知恵形」(本書の別名)を、天保8年正月に刊行した、という意。(野尻)
《参考文献》中野三敏「続、和本の海を歩く③運歩法」(『書物学』第4巻、勉誠出版、2015年)
6-9. 学問御試弁書和解問目写(がくもんごしべんしょわげもんもくうつし)
向山源大夫著
縦 24.7 × 横 16.9cm 1巻1冊 近世後期成・写
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/雑z/ガク)
18世紀後半から幕府・諸藩において実施された学術試験の参考書。「弁書」は経書の説明を求める試験形式、「和解」と「問目」は漢文の歴史書の和訳と設問に対する論述解答を行う試験のことで、いずれも幕府の学問吟味・素読吟味の導入に伴い一般化した筆記試験の方式である。展示箇所では、寛政の改革で奨励された朱子学の概説書ともいえる「大学」についての解説が記されている。(野尻)
《参考文献》橋本昭彦「江戸時代の評価における統制論と開発論の相克―武士階級の試験制度を中心に―」(国立教育研究所紀要第134集、2005年)
6-10. 都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)
佐山半七丸著、速水春暁斎画
縦 23.1 × 横 16.5cm 1巻1冊存 文化10年(1813)序・刊
九州大学中央図書館所蔵(雅俗文庫/技芸z/ジヨ)
女性の美容に関する実用書。化粧や身だしなみ、身のこなしなどを、全3巻にわたって挿し絵とともに詳しく紹介している。京都の流行と伝統を巧みに取り入れた革新的な情報誌として人気を博した。雅俗文庫本は上巻のみ存する端本で、「顔面の部」と題し化粧やスキンケアについて、使用する道具や薬とその扱い方など詳細に記している。展示箇所は、つり目やたれ目をまっすぐに見せる化粧の方法を図とともに解説している。(野尻)
解説文執筆者一覧
川平 敏文 九州大学大学院人文科学研究院教授
陳 笑薇 九州大学大学院人文科学府専門研究員
王 自強 九州大学大学院人文科学府博士後期課程三年
賈 思敏 九州大学大学院人文科学府博士後期課程一年
野尻 萌果 九州大学大学院人文科学府修士課程二年
このページは、第61回九州大学附属図書館貴重文物展示「続・雅俗繚乱 ―江戸の秘本・珍本・自筆本―」(会期:令和6年5月10日~6月29日)を電子展示として再構築したものです。展示にあたりましては、監修者として川平敏文教授(九州大学大学院人文科学研究院)に多大なるご協力をいただきました。また、九州大学デジタル資料整備事業による皆様からのご寄付を経費に充てさせていただきました。心よりお礼を申し上げます。
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