世界のイノ・クボと文学サロン 久保猪之吉

久保猪之吉久保猪之吉先生(1874~1939)は、明治33(1900)年に東京帝国大学医科大学を卒業後、ドイツ留学を経て明治40年、九州帝国大学の前身である京都帝国大学福岡医科大学の初代耳鼻咽喉科教授に就任し、専任教授として指導に当たられました。久保先生は、日本で初めて気管支鏡下異物摘出を行ったことで広くその名前を知られ、九大の「イノ・クボ」のもとで学ぼうと、中国、フィリピン(アルベルト博士)、ドイツ(クライデヴォルフ博士)等からの留学もあり、教室は国際的な雰囲気が醸し出されていました。

医師としての激務のかたわら、文学界の方でも才能を示され、妻のより江夫人と共に多くの短歌、俳句を遺し、自邸には歌人の柳原白蓮をはじめ、多くの文化人が集まり、福岡のサロンの中心となりました。また、大正2(1913)年には福岡初の文芸誌『エニグマ』を発刊し、後の九州文壇の淵源となりました。さらに、蝶や高山植物の研究家としても著名です。

久保先生は、蔵書家としても知られ、大正7(1918)年に開館した福岡県立図書館の第一回展覧会にも、他の医科大学各教官・教室の蔵書や柳原白蓮等と共に貴重な文献を出品しています。その蔵書は没後東京で売り立てに出されて散逸しましたが、泌尿器科教室(主任教授高木繁)や医史学者岩熊哲(その蔵書である杏仁醫舘文庫は岩熊没後解剖学教室に寄贈される)等、久保先生を慕う関係者により一部の図書が購入されて九州大学に残り、久保先生の学識を今に伝えています。

久保教授寫眞帖

久保先生の還暦、退職を記念した写真集です。医学図書館所蔵の写真帖は、久保先生から看護婦長の吉田トメへの献呈書で自筆の挨拶文や俳句の添え書きがあります。
写真帖の中から、久保先生の偉業が偲ばれる写真をいくつかご紹介します。

  • 昭和三年 九大耳鼻咽喉科外来診療室にて

    昭和3年 九大耳鼻咽喉科外来診療室にて

  • コペンハーゲンに於ける第一回國際耳鼻咽喉科學会役員會 (昭和三年七月)

    コペンハーゲンに於ける第一回國際耳鼻咽喉科學会役員會 (昭和三年七月)

昭和三(1928)年、デンマークのコペンハーゲンで第1回国際耳鼻咽喉科学会が開催されました。久保先生は、「造影剤使用による上顎洞レントゲン所見」「久保式耳翼固定器供覧」の2題を発表。役員会議、晩餐会では最前列中央の座を与えられ、重鎮として遇された唯一の東洋人でした。​

九州大学医学部泌尿器科教室旧蔵久保本

附属図書館医学図書館では、医学部泌尿器科教室初代教授高木繁氏が市場より集めた耳鼻咽喉科教室初代教授久保猪之吉(1874~1939)旧蔵の和漢古医書を所蔵しています。
福岡の国学者江藤正澄旧蔵の『大同医式』もその1つです。桓武天皇の遺命によって、平城天皇の治世に、わが国に残る薬方をまとめた『大同類聚方』が編纂され、その実務規定を記した細則が『大同医式』です。

久保記念館

久保記念館は、1927年に開館し、日本で最初の医学史専門の博物館で、1907年に久保先生が創設した耳鼻咽喉科教室の20周年を記念して建てられています。 耳鼻咽喉科に関わる書物、論文、標本、機械、医療器具などが多数収蔵されています。

エニグマ

『エニグマ』は、久保先生を中心に九州帝国大学の医学部教官・学生を中心に編集・発刊された文芸同人誌であり、福岡の近代文学史の源流として位置づけられています。大正2年から4年の間に20号前後発行されましたが、ほとんど残っておらず、「まぼろしの雑誌」と言われています。九州大学には、中山文庫に1点(中山平次郎先生は寄稿者の一人ともいわれる)、檜垣文庫に2点所蔵されています。

著作一覧

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参考文献