第36回「貴重文物展観」
〜「奈良絵本」〜


 九州大学附属図書館では、平成6年5月11日の開学記念日(84周年)行事の一環として、同月10日から12日まで貴重文物展観を開催しました。
 今回の「貴重文物展観」は、「奈良絵本」をテーマとして中央図書館および文学部所蔵の絵本・絵巻類18点を展示いたしました。「奈良絵本」は、室町時代後期から江戸時代にかけて製作されたもので、内容は酒呑童子などのお伽草子の類が多く、その享受者は上層の婦女幼童であって、金銀極彩色の挿し絵の入った豪華本は「祝儀本」として重用されたと考えられます。
 当展観は、「福岡市政だより」掲載による公報のほか、マスコミ関係の報道もあり、地域の一般市民、教職員、学生等、学内外から232名の参観者がありました。また、去年に続き開学記念日に実施した図書館開放(館内を職員の案内によるツアー方式で1回約30分閲覧部門を中心に館内の施設・資料見学、計6回実施)には、一般市民約40名の参加がありました。
 なお、展観資料の選定、解説、配列等につきましては、文学部今西祐一郎先生をはじめ関係の方々に御尽力をいただきました。ここに厚く御礼申し上げます。

 原表紙、蝋引濃紺地に金泥で雲霞に草花の文様。見返しは銀箔、菊花の繋ぎ文様の型押し。表紙中央に原題簽(丹色、霞引き) 貼付。本文と同筆で「ふんせう上(下)」と墨書。本文料紙鳥の子。一面一三行、行間を等間隔に保つため針でしるした跡がある。上巻二一丁、中巻、二九丁、下巻二六丁、各巻とも挿絵五面。
 本書は渋川版御伽草子二三編の一つ『文正草子』を奈良絵本化し たもの。鹿島大神宮の雑色文太が塩焼きをなりわいとして大長者に立身、鹿島に祈って得た娘二人の姉は中将の北の方、妹は女御、自分も大納言にのぼり長寿を保つという、鹿島信仰を背景としたこの庶民の立身出世譚は、縁起物として正月の読み初めに読まれたもの である。「文正」の名は、「文太が塩」↓「文塩(ぶんしほ)」↓ 「文正」と転じたものか、という(佐竹昭広)。            

展示資料解説

1. 熊野の本地
上下二巻二冊 大本(31.6×23.2cm)
松濤文庫本 近世前期写 奈良絵本
 水色布目表紙。題簽は上巻剥落、下巻は僅かに残存し「うし下」と見える。本文と同筆の原題簽。内題なし。見返しは銀箔網目に菊の花の文様が微かに残る。紙数は順に二一丁・三二丁、内墨付一九丁・三〇丁。共に巻頭巻末に遊紙一丁ずつあり。本文料紙鳥の子。一面八〜一二行。挿絵は上巻に一五面、下巻に二七面存する。奥書・識語なし。
 『熊野の本地』は熊野権現垂迹の由来を記した、いわゆる本地物の中で最も有名なものの一つ。天竺摩訶陀国善財王の妃五衰殿女御が他の九九九人の妃達の姦計で殺されるが、山中で斬首の直前誕生した王子は山神や鳥獣に守られ成長し、叔父祇園上人に見いだされ父王と再会、やがて父王、母妃、祇園上人らと共に日本紀伊国に鎮まるという内容である。
 本書の本文は、系統を異にする数種の緒本の本文の混合を示し、熊野権現の霊験を説く末尾部分を二度にわたって繰り返すなど、本文系統が複雑な『熊野の本地』諸本のなかでも、極めて特異な形態を持っている。
2.しゆてんんとうし
上中下三巻三帖 半紙本(二三.四×一七.二cm)列帖装
文学部蔵 近世前期写 奈良絵本
 原表紙、濃紺地に金泥で、上巻は雲霞に草花と蝶、下巻は雲霞に夕顔の文様。見返しは銀箔で鶴亀、松竹の丸紋押型模文様。各巻表紙左肩に原題簽(無辺、丹色)が存し、本文と同筆で「しゆてんんとうし 上(下)」とある。本文一面一〇行。料紙鳥の子。上巻一四丁、中巻二六丁、下巻一七丁で、各巻とも挿絵五面。下巻末尾左すみに小さく「伊せや次兵衛」と墨書があるのは旧蔵者名か。
 源頼光とその四天王の酒呑童子退治を描く酒呑童子の物語は、江戸時代に流布した渋川版御伽草子二三編のひとつで、伝存する奈良 絵本、絵巻も多い。その本文には、童子の住みかを大江山とする大江山系と、伊吹山とする伊吹山系の二系統があり、本書は大江山系の本文を持つ奈良絵本である。
3.ふんせう
上中下三巻三冊 横本(一六.五×二四.一cm)袋綴
文学部蔵。近世前期写。奈良絵本。
4.竹とり物語
上下二巻二帖 大本(二四.二×一八cm)綴帖
支子文庫本。近世中期写。奈良絵本。
  花鳥文様の金襴緞子藍地表紙左肩に下巻のみ「竹とり物語下」(題簽)と外題を記す。本文と同筆の原題簽。上巻は剥落した跡がある。内題「たけとり物語上(下)」。見返しは金泥布目文様。紙数は順に三〇丁・二六丁で、内墨付二八丁・二四丁。共に巻末のみ遊紙二丁あり。本文料紙鳥の子。一面一〇行。
 本文は流布本の正保版本系。挿絵は上巻に七面、下巻に六面存し、巻末の余白は本文を散らし書きにする工夫が見られる。奈良絵本の体裁は一般に、横本仕立てのものと、本書のような縦本の大型本があるが、後者の方が比較的古い形である。本書の挿絵の、金銀の箔や砂子をふんだんに用いた豪華さ、襖絵や衣服の文様・顔の表情など細部まで描く巧みさ、鮮やかな色彩は、本書を奈良絵本として優れたものとしている。
5.伊勢物語
上下二巻2帖 大本(二四.三×一七.八cm)列帖装
支子文庫本。近世中期写。奈良絵本。
  表紙は紺地に金砂子をまき、遠山雲霞海辺文様(上巻)秋草花文様(下巻)、見返しには金銀箔を用いるなど、典型的な嫁入り本仕立て。
表紙左肩の題簽に「いせ物語 上(下)」と墨書。上巻墨付四九丁、下巻六三丁。一面一〇行書、段末は往々にして散らし書きにする。上・下巻各二四面の彩色の挿絵入り。下巻巻末に「伊勢物語新刊 世酷多矣」云々の嵯峨本第三種本(慶長一四年刊)の奥書を有する。
 本書は奥書を転写していることからも窺えるように、嵯峨本を基として作成された近世の奈良絵本である。挿絵の総数(但し落丁のため四段の絵を欠く)挿入箇所も嵯峨本に一致し、構図もほぼ等しいが、人物の配置を逆にしたり、背景の図柄を変えるなど、細かな点に工夫が見られる。中世の奈良絵本に比べ構図が固定化した恨みはあるが、配色もすばらしく、すこぶる美麗な本である。
6.文正物語 一冊
横本(一六.四×二三.七cm)袋綴
中央図書館蔵。近世中期写。奈良絵本。
    原表紙、藍色地に夕顔の文様。見返しは銀泥菱繋ぎ文様。原題簽(一一.二×二.三)銀泥布目文様、表紙左肩に貼付。「文正物語」と墨書。本文料紙鳥の子。全二八丁。3の『ふんせう』同様、渋川版御伽草子二三編の一つ『文正草子』を奈良絵本化したもの。
7.たまも
上下二巻二冊 横本(一七.八×二六.〇cm)袋綴
中央図書館蔵。近世中期写。奈良絵本。
   原表紙、薄茶色無地。題簽は下巻欠。上巻、原題簽(九.三×四.一)丹色、表紙中央に貼付、「たまも 上」と墨書。下巻は表紙に「太摩簿 下終」と墨で打付書き。本文料紙厚手鳥の子。上巻二一丁絵七面、下巻一九丁絵七面。
 近衛帝の御代、鳥羽院の仙洞御所に現れた金毛九尾の老狐の化身、玉藻の前の物語を奈良絵本化したもの。室町前期の成立で、物語の前半は才色兼備の玉藻の前の知恵を披露するために諸説話・故事の羅列がなされ、後半は妖狐と化した玉藻の前の退治譚となっている。
8.曽我物語
一二巻一二冊 半紙本(二四.三×一七.五cm)列帖装
中央図書館蔵。近世中期写。奈良絵本。
 原表紙、布製紺地七宝金襴。見返し、金箔七宝繋、向い鶴、亀、松竹梅の丸紋を散らす押型文様。各巻表紙左肩に題簽(朱地金泥霞草花)「曽我物語 一(〜十二)と墨書。内題「曽我物語巻第一  〜(十二)」。本文料紙鳥の子、一面一〇行、一行一四〜一九字。彩色挿絵全一五一図(一巻につき八〜一九図)。巻五最終丁に本文と別筆で「松田善衛門」の識語あり。 曽我十郎五郎兄弟の仇討ち物語として有名な『曽我物語』を奈良絵本の体裁に仕立てたもの。その豪華な装丁から祝儀本であったと考えられる。『曽我物語』は真名本、大石寺本、仮名本の三種に大別され、さらに仮名本は古態を示す甲類と流布本の乙類に分かれる。本書の本文は仮名流布本の本文をもつ近世前期の整板本の写しかと思われるが、挿絵は絵入整板本のものと異なり奈良絵風の古雅な絵である。本書のような形態を持つものは少なく、他には大東急記念文庫蔵本(近世写本二五冊)が知られる。新渡戸稲造旧蔵。
9.中将姫
上中二巻二冊 横本(一五.五×二三.二cm)袋綴
支子文庫本。近世初期写。奈良絵本。
 下巻欠。上巻表紙欠、中巻は原表紙、紺地に金泥草花文様。原題簽(丹色、金泥草花)表紙中央に貼付、「ちうしやうひめ中」と墨書。内題なし。本文料紙間合紙。一面一三行、一行一四字前後、挿絵上巻四図、中巻五図。墨付上巻一六丁、中巻一七丁、行間を等間隔に保つためしるした針の跡がある。上巻一丁表欠か。尾題中巻末に「ちうしやうひめ中」。奥書・識語なし。
 中将姫説話は、大和国当麻寺の縁起伝承で、寺宝の曼陀羅迎講に関わる物語。横佩右大臣豊成の娘中将姫は、継母のため雲雀山に捨てられるが、武士に養育される。狩にきた父との再会ののち当麻寺で尼となり、化女と織姫に助けられ蓮糸で曼陀羅を織り、その功徳で往生を遂げる。本書は広島大、実践女子大、多久市立図書館等に蔵される近世初期の書写になる奈良絵本に近い体裁をもつが、本文はやや異なる。
10.たなばた
一冊 横本(一六.七×二四.三cm)袋綴
支子文庫本。近世初期写。奈良絵本。
 表紙は改装。白地雁に松竹。題簽剥落(表紙中央に跡あり)。本文料紙鳥の子。一面 一六行、一行一四字前後。墨付二〇丁、但し前半数丁分欠落か。絵は五図残存(三丁表、五丁表、八丁表、一四丁裏、一七丁表)、三図分破損の痕跡が残る。(一〇丁裏、一三丁表、二〇丁表)。奥書・識語なし。
 通称『あめわかみこ』と呼ばれるお伽草子を奈良絵本化したもの。内大臣の娘乙姫が天稚みこと契りを結び懐妊、父の勘当を受けるが、やがて若君を出産し許される。若君五歳の七夕、天稚みこが再び天降り若君を迎え取る。帝は退位、乙姫は新帝の后となり一門は繁栄した。『たなばた』の別称を持つお伽草子として、七夕由来譚を 語る『天稚彦物語』があるが、本書とは別作品。
 本文は明暦元年絵入刊本(上下二冊)に極めて近い。挿絵も刊本のそれに近い構図を持つ。 但し本文は前半部分を欠き、刊本上巻末部分「扨を晝まではにしのたいの人々の〜」から始まる。

[丹緑本]

11.たいしよくわん
一冊 大本(二八.〇×一九.二cm)袋綴。
文学部蔵本。近世初期刊。古活字丹緑本。
 原表紙、蝋引焦茶色無地。題簽欠、内題「たいしょくわん」。本文全四六丁、絵一八面。一面一二行。各丁ノド部分に丁付あり。作者・画工・刊年・書肆についての記載なし。丹緑本とは、近世初期、お伽草子、仮名草子の版本の挿絵に、丹(朱色)、緑、黄で簡単な彩色を施した、いわば奈良絵本の代用品とでもいうべき絵入本をいう。
 本書は、大織冠(当時の冠位の最高峰、後の正一位に相当する)藤原鎌足公と契りをかわした讃岐国支度の浦の海女が、龍王に奪われた興福寺への寄進の宝珠を一命を捧げて鎌足のために奪い返すという、玉取り伝説に取材した幸若舞曲の本文。

[絵 巻]

12.竹とり物語
三巻
文学部蔵。近世中期写。巻子本。
 表紙は華龍文繋ぎの緞子(三二.八×一九.八cm)、紐は萌黄色の平織。左上部原装絹題簽に「竹とり物語 上(下)」「竹とりもの語 中」と墨書。見返しは金布目、本文料 紙は鳥の子、裏は銀切箔散らし、軸は木製、軸頭は象牙。木箱中央に打付書で「第貮拾五号、竹取物語、三巻」と墨書、近世中末期の筆か。
 詞書は通行本。細みの流麗な書体。極彩色の絵は上中下巻各二面ずつ、計六面存する。『竹取物語』の絵巻は十数点知られているが、本絵巻は絵の少なさで異色である。又、画面を際立たせるためか、上下の雲型が濃く大きく描かれている。
13.うつほ物語
俊蔭巻 五巻
細川文庫本。寛文頃写。巻子本(三二.四×八六一〜一〇一八cm)。
 表紙は改装、金襴に草花欅文様。左肩原題簽に「うつほ物語一(〜五)」と墨書。料紙鳥の子。内容は俊蔭巻全巻。極彩色の絵(三二.四×四八.八)が巻一から順に三・三・五・三・五図の計一九図ある。巻序が内容と矛盾しており、正しくは巻三・二・五・四・一の順。題簽の誤貼によるものか。奥書の類はない。
 本絵巻は、天人の琴を伝える清原俊蔭、俊蔭女、藤原仲忠、犬宮の四代にわたる音楽の家の物語にあて宮求婚譚、立太子譚がからむ、現在最古の長編小説『宇津保物語』の冒頭巻俊蔭を絵巻化したもの。『宇津保物語』の絵巻としては、他にほぼ同時代の作と思われるものに天理図書館本がある。本絵巻はそれと共に双璧と言われている。
14.酒呑童子絵詞
上中下三巻
支子文庫本。近世末期写。巻子本(二五.八× 九〇〇、九三三、一五一七cm)。
 上中巻は原表紙、金地に銀の三段雲文様。下巻は本文料紙と同じものに改装。題簽は後のもので「酒呑童子絵詞 上(中)下」と長方紙片に墨書、旧蔵者田村専一郎氏によるものか。本文料紙楮紙二枚重ね、一部一枚の部分が混じる。一行二二字前後。絵は各巻八図。素描風の簡単な彩色を施した絵。奥書・識語の類はないが、下巻巻末に源頼光と四天王の酒呑童子退治の経緯を記した古文書の写しを貼付、寛政一一年の年記あり。
 酒呑童子の物語は、住みかにより大江山系と伊吹山系に分かれる(2参照)。本絵巻は大江山系に属するが、住みかを大江山とする以外は、古法眼狩野元信画の絵巻(サントリー美術館像)を祖とする伊吹山系の諸本に極めて近い本文を持つ。また、絵もいくらかの異同が見られるが、古法眼本系統のものとほぼ一致する。
15.御曹子島渡り
上下二巻
支子文庫本。近世中期写。巻子本(二九.五×一三九四、一四七四cm)。
 表紙は本文料紙と同じ厚手鳥の子。題簽は後のもので長方紙片に「御曹子島渡り 上(下)」と墨書、下部に旧蔵者田村専一郎氏の印が二箇所(専印・遥青)、題字も旧蔵者によるか。一行一三字前後。絵は上巻八図、下巻六図。奥書・識語なし。
 渋川版御伽草子二三編に含まれる『御曹子島渡り』は、源義経が兵法会得のため大日の法の巻物を求めて千島のかねひら大王の城に旅し、大王の娘あさひ天女の決死の助力で巻物を手に入れるという内容。伝本の数は少なく、奈良絵本、絵巻類は大東急記念文庫蔵絵巻を始めとしてこれまで五本が数えられるのみ。本絵巻は本文、上下巻の分かれ方など、赤木文庫旧蔵絵巻(二巻)によく似た形態を持つ。
16.源氏物語歌絵
一軸
支子文庫本。近世中期写。
四季・賀・祝の各部ごとに『源氏物語』からそれにふさわしい場面を絵と和歌で描出したものである。各部の拠った巻と場面は次の通りである。
「春」−花宴(宮中南殿の桜の宴、源氏と朧月夜との邂逅)
   『深き夜の哀れを知るも入る月の
        おぼろげならぬ契とぞおもふ』
「夏」−常夏(源氏、玉鬘に内大臣家の人々を評する)
   『なでしこのとこなつかしき色を見ば
     もとのかきねを人やたづねん』
「秋」−少女(秋好中宮から紫上へ「紅葉の消息」)
   『心から春まつ園はわが宿の
     紅葉を風のつてにだに見よ』
「冬」−朝顔(童女達の雪まろばし)
   『かきつめてむかし恋しき雪もよに
     あはれを添ふる鴛鴦の浮寝か』
「賀」−若菜下(正月、六条院女楽)
「祝」−藤裏葉(内大臣の藤の宴)
   『いくかへり露けき春を過し来て
     花のひもとくをりに逢ふらん』
  ただし、賀部は、うたなし。(物語中でもこの場面では歌は詠まれていない)。