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九州大学附属図書館企画展
「東西の古医書に見られる身体」−九州大学の資料から−」
平成10年5月11日ー17日

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(VIII)気流れる身体


西洋では身体(ギリシャ語 soma)と魂(ギリシャ語 psyche)はすでに古代から分離したものだった。このことは、一方では体内を観察することへの躊躇を少なくし、医学の発達を可能にしたが、他方、病気はますます純粋に身体的、物質的現象として捉えられるようになった。西洋では今世紀になって、心身医学のような新しい分野が誕生し、この溝を埋める試みがなされるようになっている。



2種類の人体解剖図

中国の古典(『漢書』「王莽伝」など)からも解剖が行われていたことはうかがえるが、解剖学は東洋医学においては、ヨーロッパのルネサンスほどの激しい変革には至らなかった。現存する人体解剖図はおよそ2種類に分けられる:

器官を示す前面および側面からの構造図

人体内における流体の関係図




器官を示す構造図

Wakan sansai zue: zofu 寺田良安『和漢三才図会』正徳2年(1712)。【九州大学附属図書館医学部分館蔵】 Wakan sansai zue: zofu

前面から内臓のみを示すの解剖図は所々見られるが、中国や日本の古医書の人体構造図の大半は身体を側面から描く。


東洋医学における「人体構造図」

張景岳『類経図翼』
【九州大学附属図書館医学部分館蔵】

Leijing

この型は解剖をもとに作られたに違いないが、宋の時代からほとんど変わっていない。身体の「内景」を眺める際、主にいわゆる五臓六腑と脊柱しか注目されなかった。固定的な物体としての臓器や消化管、骨格などが中国医学で無視されていたわけではないが、治療の主目的になることは一度もなかった。




五臓六腑

五臓六腑は内臓の諸器官を総称したものである。臓は実質臓器、腑は中空臓器を指すと言われるが、機能複合体の単位と考えるべきである。

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五臓: 心臓、脾臓、肺臓、腎臓、肝臓、(心包)『類経図翼』より)


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六腑: 胆、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦 『類経図翼』より。【九州大学附属図書館医学部分館蔵】



三焦について

漢書に見られる三焦についての記述には曖昧な点が数多くあり、ヨーロッパ人が解釈に困難を極めたのも不思議ではない。三焦はすでに1603年のイエズス会士による著名な辞書の見出語となっている:

  • Sanxo [三焦]。身体の三つの部分。すなわちIoxo, Chuxo, Guexo [上焦、中焦、下焦]胸から上の部分、中央の部分、それから下の部分。
  • Guexo [下焦]。身体の下の方の部分。例、Guexo no fiyeta[下焦の冷えた]身体の下の方の部分が冷えた。
  • Ioxo [上焦]。頭や頸など、人体の上の方の部分。
  • Chuxo [中焦]。胸から腰までの間。
イエズス会編『日葡辞書』長崎1603年。Vocabulario da Lingoa de Iapam [...] Nangasaqui [...] Anno M.D.CIII.

江戸中期の医師服部範忠は「人体構造図」の伝統的な形式に加え、注目すべき改訂版を載せている。

Wakan sansai zue: zofu

Hattori

服部範忠述『内景図説』文化12年(1815)。【九州大学附属図書館医学部分館蔵】

Hattori



人体内における流体の関係図

血気の流れを示す人体図(流注図、環中図、明堂図)には一方では全体的な「ネットワーク」(経絡)も見られる。ここでは身体は正面、背面、側面の3方から示されている。器官、脊柱などは含まれていない。身体を生きているままにとらえようとする東洋医学(中医学)では静止した器官でよりも、気が廻り流れる身体を本質的なものとして重要視してきている。

Wakan sansai zue: zofu 経絡図。張景岳『類経図翼』江戸時代(【九州大学附属図書館医学部分館蔵】 cleyer



青木明煕の「解剖図」【九州大学附属図書館医学部分館蔵】

青木明煕は黒田藩の御典医を勤めていた。


経絡系統


個別の経脈図

経絡全体を示すこの図と並び、個々の経脈が記されている図もある。これらの半裸像は、経脈の様子がよくわかるような姿勢をとっている。身体の表面には筋肉や影のようなものは一切見られない。インドの僧侶(達磨?)及び中国の諸人物を連想させるこの図は日本でも頻繁に復刻されていた。

張景岳『類経図翼』江戸時代【九州大学附属図書館医学部分館蔵】
rui rui rui rui
rui Wakan sansai zue rui Wakan sansai zue
Wakan sansai zue

個々の経脈図。気流れの順:太陰肺経 ⇒ 陽明大腸経 ⇒ 陽明胃経 ⇒ 太陰脾経 ⇒ 少陰心経 ⇒ 太陽小腸経 ⇒ 太陽膀胱経 ⇒ 少陰腎経 ⇒ 厥陰心包経 ⇒ 少陽三焦経 ⇒ 少陽胆経 ⇒ 厥陰肝経



督脉及び任脉の図

張景岳『類経図翼』江戸時代【九州大学附属図書館医学部分館蔵】




12経絡陰陽上下循環系模式図


12経絡陰陽上下循環系模式図

【参考資料】 馬場白光『鍼灸力学』績文堂、1986年より。
手の末端を上とし、足の末端を下とする。

    


「経線」(meridian)となった経絡

西洋医学では、東洋医学の経絡に当たるものを発見することができなかったため、20世紀には地理学に由来する「経線」という名称が生まれた。これにより、人体内の経絡は、身体表面へ「投影」されたようにみえる。この解釈は最近に用いられなくなりつつあるが、経絡の本質について西洋では依然としてさまざまな説がある。

Bischko

【参考資料】ビシュコ『上級鍼術』ハイデルベルク、1970−73年。Johannes Bischko: Akupunktur fuer Fortgeschrittene. Haug, Heidelberg 1973.

Bischko

中国の学者も、英語による鍼術書を出版する際には「Meridian」という語を用いている。

meridians: Cheng Xingnong

Zang = 臓、Fu = 腑、Sanjiao = 三焦

Cheng Xinnong: Chinese Acupuncture and Moxibustion. Foreign Language Press, Beijing 1987.




5行対応表

東洋医学の5行対応表は5要素から成っているが、その形式は古代ギリシア医学の4要素説を思わせる。

5行対応表
五星歳生栄惑星鎮星太白星辰星
五方中央西
五季土用
五色
五気湿
五臓
五腑小腸大腸膀胱
五役
五華面色
五主血脈肌肉皮毛
五官口唇耳  二陰
五液泣(涙)
五香
五味
五声
五精
五志憂(悲)恐(驚)
五神
五尅金尅木水尅火木尅土火尅金土尅水
五畜
五運寅卯巳午未丑 戊辰申  酉亥  子
五穀ライ麦



体内からの信号

体内から外に表れる「信号」としての脈拍に、さまざまな文化圏の人々が、大きな関心を寄せてきた。西洋ではすでにガレノスが脈拍学を始めている。これはさらに中世の学者たちに引き継がれ、体系化された。東洋の伝統医学でも診脈は非常に重要な役割を果たしている。古典の中では『脉訣』が特に知られている。

『図注脉訣統宗』江戸時代【九州大学附属図書館医学部分館蔵】

1659年にイエズス会士数名が中国の広東市で軟禁され、時間つぶしに中国の文献を翻訳したが、この中には『脉訣』もその大部分が含まれていた。そのラテン語訳は1683年、もと出島商館長A・クライヤー(Andreas Cleyer)によって出版された。その後、イギリスの高名な医師フロイヤーは『医師の脈脉診』(The Physicianユs Pulse-Watch)を出版し、注目を集めることになる。しかし結局は、この脈学は理論的な背景が東西であまりにも異なりすぎていたため、西洋医学へ採り入れられるには至らなかった。

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【参考資料】クライヤー『中国医学軌範』フランクフルト、1682年。Andreas Cleyer: Specimen Medicinae Sinicae, sive Opuscula Medica ad Mentem Sinensium, Continens I. De Pulsibus Libros quatuor e Sinico translatos. II. Tractatus de Pulsibus ab erudito Europaeo collectos. [...] Cum Figuris aeneis & ligneis: Edidit Aandreas Cleyer Hasso-Casselaum, [...] Francofurti. Sumptibus Joannis Petri Zubrodt. Anno 1582.

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「腫れ物の図」

人体解剖図の他に治療の場面を描写するものや、皮膚に現れる腫れ物を示す人体図もある。

紅毛流の写本の附けられた伝統的な腫れ物の概略
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『和蘭金瘡附請腫物師語』写本、江戸時代。【九州大学附属図書館医学部分館蔵】

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紅毛流の写本に付けられた中医風の腫れ物図。色、大きさなどの特徴に基づいて分類された腫れ物の多くは、ここにまとめられている。

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「新刊外科正宗」寛保3年(1743)【九州大学附属図書館医学部分館蔵】

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